ナポレオンといえば、白い馬にまたがり、勇ましく今にも絵から飛び出してくように思える画が浮かびませんか?
「サン=ベルナール峠を超えるボナパルド」は5枚あるようです
制作は、すべて同じジャック=ルイ・ダヴィッドの作品です
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マルメゾン城所蔵

他の4枚と比較するに当たり、マントの色に注目です
第一作に当たるマルメゾン城のものは、ナポレオンが将軍だった時のものです
役職に忠実に描かれていますので、「黄色」となっているようです
次回作からは、ナポレオンの気持ちが入った「赤」になります
マントの色はその人の地位を表すそうです
- 黄色 将軍
- 赤色 王
ナポレオンは、「王」になりたかったんですね
シャルロッテンブルク宮殿所蔵(1801年)

1801年以降サン・クルー城に掛かっていた絵は、1814年プロイセン王の指示で、フォン・ブリュッヘル指揮の軍に持ち出された。現在は、ベルリンのシャルロッテンブルク宮殿に展示されている。
ウィキペディア「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」より抜粋
「外見ではなく、この素晴らしい内面を描いてくれ」とナポレオンよりいわれたり、モデルになることを渋ったナポレオンの代わりに、ナポレオンの息子にポーズを取らせたりして作成した
ナポレオンが実装していた帽子を借りられたことが、唯一の成功かもしれない
絵の出来栄えは、「ナポレオン」には全く似ておらず、ナポレオンをかなり美化した作品となっている
絵では馬に乗っていますが、実際はロバに乗り、アルプス越えをしたようです
ヴェルサイユ宮殿 1枚目(1802年)

1802年に複製されアンヴァリッドに掛けられていた絵は、1814年のブルボンの王政復古に際し、はずされて倉庫保管となった。しかし1837年にルイ・フィリップの指示でヴェルサイユ宮殿の美術館に展示され、現在もここで見ることができる。
ウィキペディア「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」より抜粋
5枚の絵の左下には、岩に刻まれた3つの名前があります
- BONAPARTE ナポレオン
- HANNIBAL ハンニバル
- KAROLVS MAGNVS IMP カール大帝
この岩に刻まれた名前の意味するところは、ナポレオンはハンニバル、カール大帝と肩を並べるほど、すごい人物であるといったところでしょうか
自画自賛ですが、世の中の通例として、押し通しています
ベルヴェデーレ宮殿(1802~1803年)

1803年制作の絵はミラノに届けられ、1816年にはオーストリアに押収されそうになったがミラノの人々がこれに抵抗、1825年まではミラノに残っていた。最終的に1834年、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿に納められた。オーストリア・ギャラリーのコレクションの一つとして、現在も宮殿内に展示されている。
ウィキペディア「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」より抜粋
ヴェルサイユ宮殿 2枚目(1804年)

1825年にダヴィッドが死去するまで彼に保管されていた絵は、1846年にショッピング・センター (Bazar Bonne-Nouvelle) に展示された。ボードレールはここで絵を見て論評している。1850年、ダヴィッドの娘ポーリーヌ・ジェニーンによりテュイルリー宮殿に納められ、1979年にはヴェルサイユ宮殿の美術館に移された。
ウィキペディア「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」より抜粋
ダヴィッドの自分専用のナポレオンの肖像画になるのかも知れません
長い間手元においてあった作品です
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日本にも「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」あります
東京富士美術館のものはジャック=ルイ・ダヴィッドの工房のものです
ジャック=ルイ・ダヴィッド自身が描いた5枚と工房作の作品が異なるのは、絵の大きさが違うことです
自身が描いたものは2メートル近くある大作ですが、工房のものは70センチと小ぶりのものとなっています






この記事でわかること
- 「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」は5枚作成された
- ナポレオンの希望に沿うように細かいところを変えて描かれた
今まで、ナポレオンを象徴する「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」の絵画をみてきましたが、調べてみて、見方が少し変わりました
ナポレオンはこんなにもハンサムではない、均整が取れていたわけでもない
時の権力者は、自分を美化するきらいがあり、ナポレオンもその類であったようです
同じ画家が5枚描くとは驚きました
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